5章
7章
ヨハネの黙示録6章
子羊が七つの封印を解く 第一の封印:白い馬。勝利の上に更に勝利を得ようとして出て行く(1-2) 1節 小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。 「小羊」なるキリストだけが封印を解くことができる者であった(5:6,9)。封印を解いたとき「四つの生き物」最高位の御使いケルビム(4:6,5:6,8)の一つが「きたれ」と呼ぶことによって、様々な色の馬が現れてくる。これはゼカリヤ1:8,6:1-8による。ゼカリヤ6章では、これらの馬は四つの戦車を引く馬で、四方の国々に神の審判をもたらすものであった。 2節 そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。 「白い馬」の白色は「勝利」の色である。19:11の白い馬の騎手は「忠実で真実な者」と呼ばれるキリスト自身であった。馬の騎手はキリスト教会を指すとの説もある。一説には「弓」はローマ兵の武器ではなく、パルティア兵の武器であるという理由で、白い馬はローマの宿敵パルティア人の侵入をさしているとも言われる。「冠」勝利の冠 第二の封印:火のように赤い馬。戦争をもたらす(3-4) 3節 小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。 キリストが第二の封印を解き、第二のケルビムが「きたれ」と呼んだ。 4節 すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。 「赤い馬」の赤色は流血の色で、戦争をさし、「人々が互に殺し合うようになるため」ローマ国内の内乱をさすとみられる。「大きなつるぎ」この内乱は大規模なものであった。 第三の封印:黒い馬。飢饉をもたらす(5-6) 5節 また、第三の封印を解いた時、第三の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。 キリストが第三の封印を解き、第三のケルビムが「きたれ」と言うと「黒い馬」が出てきた。黒色は穀物の不作を意味する。「はかり」は食料不足のために行われた限定配給のはかりである。 6節 すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。 「小麦一ますは一デナリ」小麦一ますは一日の主食の量であってききんのためにその価格が一デナリにもなったというのである。一デナリは労働者が受ける一日の労賃(マタイ20:2)であって、小麦一ますの値段は通常、一デナリの八分の一から十二分の一であったという。「大麦三ます」大麦は小麦の三分の一の値段だった。「オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」オリブ油やぶどう酒は小麦や大麦に対してさらに高価な主食品であるが、これも生産を減らすなという神の慈悲による命令だろうか。8節には地の四分の一とあり、全知の四分の三は災厄を免れるようにされたことも神の慈悲かもしれない。 第四の封印:青ざめた馬。死をもたらす(7-8) 7節 小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。 キリストが第四の封印を解いた時、第四のケルビムが「きたれ」と言った。 8節 そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。 「青白い馬」の色は死者の顔の色で、「死」すなわち疫病を象徴している(エゼキエル14:21)。「黄泉」(ハデス)は「地の獣ら」と言い換えられている。野の獣と疫病についてはエゼキエル5:17,33:27にも言及されている。終末の時に神が四つの災厄を地上に送ることについては旧約の預言者がすでに述べている(エレミヤ15:2-3,エゼキエル14:21)。 第五の封印:殉教者が血の報復を求める(9-11) 9節 小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。 第五、第六の封印が解かれた時は、第一から第四までのような馬とそれに乗った騎士が現れず、天上における殉教者の姿が現れた。これは当時殉教者が出ていたことを示す。彼らの「霊魂」は天上の「祭壇」(14:18)の下にいた。新約聖書中死者の霊魂については、ヨハネの黙示録に二か所(6:9,20:4)出てくるだけである。地上の祭壇は天上の祭壇の「ひな型」である(へブル8:5,9:23)。殉教者の霊魂は最後の正しい審判を待っており、それは人間の死と最後の審判の中間状態の存在を予想している(1テサロニケ4:13~,2コリント5:1〜)。この幕屋にある青銅の祭壇では、犠牲のいけにえが火で焼かれていた。「青銅」は神のさばきを表している。彼らが祭壇の下にいるのは、神のさばきを地上に下すよう求めているからである。 10節 彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。 「血の報復」(19:2)とは「目には目を、歯には歯を」(マタイ5:38)の報復で、生命には生命をもって報復すること。特にゆえなくして流された血は、土の中からその加害者に叫び続けるという(創世記4:10,2列王9:7,詩編79:10)。「主よ。いつまであなたは」と神の手による報復を促しており、ユダヤ教的な考え方が現れている(詩編35:17)。 11節 すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。 彼らは勝利者としての「白い衣」(3:4)が与えられ、また「数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。当時、最後の審判は「罪びと」(ダニエル8:23)または「義人」(殉教者)(4エズラ4:36)の数が一定の数に達した時に行われるという思想があった。 第六の封印:地震と天災(12-17) 12節 小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、 第六の封印を解くと、終末における天変地異が起きる。第一に「大地震」が起き、それは「万国民を襲う」(ハガイ2:7)世界的な地震で(8:5,11:13,16:18)、次に「太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のように」なる(8:12)。これはヨエル書2:31によるもので、終末期に太陽が黒くなるのは聖書に共通している(アモス8:9,イザヤ13:10,マルコ13:24,使徒2:20)。「毛織の荒布」はマタイ11:21の荒布と同じで、黒い小羊の毛で作った荒布(イザヤ50:3)。黒い太陽、赤い月は皆既日食、皆既月食を想起させる。 13節 天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。 「天の星は、・・・地に落ちた」はマタイ24:29の「星は空から落ち」にならったもの。「いちじくのまだ青い実が・・・」はイザヤ34:4「いちじくの木から葉の落ちるように」の句によるものと言われている。 14節 天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。 「巻物が巻かれるように消えていき」巻物は巻かれても消えてゆくことはないが、パピルスの巻物が二つに裂かれると自ら巻き込んで二つの小さな巻物に分けてゆく。そのように天も裂かれて寸断される(イザヤ34:4,へブル1:12,2ペテロ3:12)。「山と島とはその場所から移され」16:20,イザヤ40:4,ナホム1:5エレミヤ4:24。 15節 地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、ほら穴や山の岩かげに、身をかくした。 神の罰を受けるべき七つの階級の人々。彼らは「ほら穴や山の岩かげに、身をかくし」(イザヤ2:10,19)。 16節 そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。 「山と岩とにむかって」保護を切望している(ホセア10:8,ルカ23:30)。 17節 御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。 「御怒り」は「御座にいますかたと小羊の怒り」である。「御怒りの大いなる日」はヨエル2:31の「主の大いなる恐るべき日」、ゼパニヤ1:14の「主の大いなる日」、ユダ6の「大いなる日」に相当する。それは「神の正しいさばきの現れる怒りの日」(ローマ2:5)である。「だれが、その前に立つことができようか」はヨエル2:11の「だれがこれに耐えることができよう」によったもの。 (2019/12/24)
ヨハネの黙示録略解
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