聖書学習の忘備録
1章
伝道の書
1. はじめに
成立と著者
「伝道の書」はハメシュ・メギロット(五つの巻物)の範疇に含まれている。ハメシュ・メギロットとは旧約聖書の諸書に属する五つの書物で、「コヘレトの言葉」、「雅歌」、「哀歌」、「ルツ記」、「エステル記」を指す。コヘレト(またはコーヘレット、コヘーレス)とは「集会を招集する者」、「説教者」、「伝道者」を意味することから、「伝道の書」と呼ばれる。
「伝道の書」の冒頭1:1により、著者は古代イスラエル王国第三代王ソロモンであることを仄めかしている。
その場合、「コヘレト」は著者ソロモンのペンネームということになる。これはソロモン王であるコヘレト(קהלת)が多くの共同体(קהילות)をエルサレムに集めた(הקהיל)からであると説明できる。会衆を集めて律法を教える(2歴代6章)など、神の命に適った施政を実践したソロモンの業績は1列王などに記録されている。これが正しいなら、「伝道の書」は、「雅歌」、「箴言」とともに紀元前10世紀代にソロモンが残した著作の一つということになる。
しかし、知られている限りではダビデ・ソロモン時代のイスラエル人には、この書にしみひろがっている懐疑思想は見られず、また本書に用いられている原語は、旧約聖書中最も新しい時代に属するヘブル語で、後代の文学に見受けられる、アラム語やペルシャ語の混用やギリシャ文化の影響が見られる。また、あまりにも矛盾錯綜した内容から見て、一人の著者によるものではないことが考えられる。
著者の問題同様、成立年代の推定は難しいが、ギリシャ文化がパレスチナに押し寄せていた紀元前三世紀の半ば頃、エルサレムの老いたる知者によって書かれたものであろうと言われている。この時代は、ユダヤ人が、民族的にも個人的にも混迷期にあり、古い信仰の灯はゆらいでいたが、新しい光はまだのぼらなかった。とすれば、著者はこのような時代と苦悩を共にした多感な知識人の一人ということになる。
伝道の書の目的
「伝道の書」は知恵文学に属し、コヘレトを介して、人生の空しさ、国や社会と関りにおける人間の無常などの宗教、民族を超えた普遍的な疑問に対する哲学的考察が試みられている。
旧約聖書の他の書においては概ね、1)神は人間に自由意志を与えて、自らの意志で義を選ぶことを望んでいる。 2)神は人間それぞれの行いに応じて、祝福か罰を与える。ということを教えている。
しかし、「伝道の書」では、この世のすべては定めがあり、その定めは決して変えることはできない、義人も罪人も等しく死ぬ、すべてが予定されているのならば、自由意志は虚しく、普遍的な正義を行うことに、積極的な価値を見出すことができないという厭世主義、悲観主義的な見解が述べられている。しかし、その一方で神を畏れその戒めを守るべきと「8:12罪びとで百度悪をなして、なお長生きするものがあるけれども、神をかしこみ、み前に恐れをいだく者には幸福があることを、わたしは知っている。 8:13しかし悪人には幸福がない。またその命は影のようであって長くは続かない。彼は神の前に恐れをいだかないからである。 」と教え、「12:13事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。 12:14神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。 」と結ぶ。
人間的な知恵、考察によって得た思想は結局神の恵みを決して凌駕するものではないことを教える。父なる神の独り子イエスの福音が「日の下」の人々に宣べ伝えられ、神の永遠の計画が知らされる前の時代のことである。
伝道の書の構成
1章 はしがき(1-2)
序詞(2-11)
コヘレトの人生探求とその帰結(12-2:26)
知恵と力の虚無
2章 快楽の虚無(1-11)
知恵の虚妄(12-17)
さればいかに生きるべきか(22-26)
3章 神の予定のもとにある人間(1-15)
すべての事は神の予定による。(1-8)
生活の知恵(9-15)
人は獣にまさらない。(16-22)
4章 人間苦(1-16)
権力は人を残忍にする。(1-3)
技芸の熱心は嫉妬心の変形(4)
コヘレトは正統派的な箴言(ことわざ)を自己流に読み替えて自分の思想の表現に転用している。(5-6)
二人は一人にまさる(9-12)
人望のあてにならぬこと。人間の浮動性と残忍性。(13-16)
5章 神前における注意(1-7)
礼拝について(1-3)
誓願について(4-7)
官僚と地主の腐敗(8-9)
蓄財の虚妄(10-20)
蓄財は満足を与えない(10-12)
蓄財はその持ち主をそこなう(13-17)
神の賜物として幸福を楽しめ(18-20)
6章 富と運命について(1-12)
再び富者について。(1-6)
知恵よりも幸福を。富も当てにならないが、知恵のも限界がある。(7-9)
人は神と争うことはできない。すべてのものは神が予め定めた計画のもとにあるのだから、与えられた性格と運命に従うしかない。(10-12)
7章 箴言(1-14)
よりよきものについて(1-12)
遂に知るべからず。(13-14)
不安と懐疑(7:15-10:1)
過度を戒める。(15-25)
女性について。(25-29)
8章 王の前における注意(1-9)
善人善果を得ず悪人悪果を得ず。知者を悩ました報償の問題(10-15)
不可知論(16-9:3)
9章 至上善(4-12)
ある知者の場合(13-10:1)
10章 ふたたび生活の知恵について(10:2-11:6)
11章 生を楽しめ(11:7-12:8)
12章 編集者のあとがき(9-14)
コヘレトへの賛美(9-12)
結びの言葉(13-14)
(2020/05/26)
伝道の書略解
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