離宮を訪ねて九千キロ

  そもそも何故ウィーンに行こうと思い立ったのかというと、リヒテンシュタインの夏の離宮が修復されて、公開されているということを東京都美術館で開催されていたリヒテンシュタイン侯国展で知ったからだ。2004年から再公開を始めたとのこと。そこでは、1,600点の絵画に加え、美術工芸品を含めて3万点の美術品を公開しているという。上野の美術館では、その極一部を垣間見たわけだが、実際の夏の離宮で堪能したいものだと考えた。(2013/01)
オーストリアは、「世界幸福度ランキング2018」で堂々12位の幸福な国。芸術まで手が回る。日本は54位。政治の世界を見ると、さもありなんと思う。(2018/04)

 Porzellangasseから数分で「夏の離宮」が見えてくる。

 リヒテンシュタイン侯爵家「夏の離宮」の裏庭。

 「夏の離宮」の塀も美術品で飾られている。

 市民の便利な足トラム。

リヒテンシュタイン侯爵家の
夏の離宮

  リヒテンシュタインは、12世紀から続くオーストリアの名門貴族で、ハプスブルグ家の重心として活躍し、17世紀に侯爵の爵位を与えられた。そして18世紀にローマ皇帝から、現在の侯国の国土にあたる領土の自治権が与えられ、リヒテンシュタイン侯国(スイスとオーストリアの間にある。)が成立したのである。リヒテンシュタイン家の家訓は、芸術庇護であって、代々美術品を収集し、1810年にはウィーン郊外のロッサウにある「夏の離宮」でコレクションの公開を始めた。しかし、第二次世界大戦の戦火を逃れ、それらの美術品は侯国の首都ファドゥーツに秘蔵されてしまった。その時の疎開の記録映画が、上野の美術展で上映されていた。それが2004年に「夏の離宮」の修復とともに再公開されることになったわけだ。
  リヒテンシュタインの「夏の離宮」は、ホテルの最寄りのOberlaa, Therme からWienAlaudagasseまでトラム67で行き、そこで地下鉄に乗り換え、Karlsplatzで降り、SchwarzenbergplatzからトラムDに乗り、Porzellangasseで下車し、徒歩数分のところにあるということを日本を出発する前に予め調べておいた。ウィーンに着いた翌日、朝食後勇躍出発。ところがである、トラムDを反対方向に乗ってしまい、終点まで行って戻る羽目になった。しかし、慌ててはいけない。一般にトラムは折り返し運転なので、車両が車庫に帰らない限り、しばらく待っていると自動的に戻れる。昼前だったし、5分位したら、そのトラムはちゃんと元来た方向にむかって動き出した。はからずも車窓からの市内見物となったわけだが、知らない土地を乗物から眺めるのは、それなりに楽しいものだ。市内を走っている時外を見たら、私のと同じSUZUKI SWIFTが走っていた。ハンガリーにスズキの工場があり、ヨーロッパで健闘しているようだ。チェコのプラハとフィンランドのロバニエミとオスロでもSWIFTを見た。
  ウィーンの公共交通機関はかなり便利で、インターネットの時刻表や乗り場の検索機能が充実している。経路案内では、駅構内の階段の上り下りの図まで載っていた。他の都市同様トラム、地下鉄の乗車券は共通だ。日本を出る前にインターネットでウィーン市内48時間有効の乗車券を買っておいた。これには氏名、生年月日が印刷されており、検札の時、求められたらパスポートを提示すればよい。トラムも地下鉄も改札が無く、乗り降り自由だが、時々検札が回ってくる。有効な切符を持っていないと高額な罰金を取られる。Karlsplatzで地下鉄の階段を上がったところに横一列に数名の職員が立って検札していた。乗客が多い路線のトラムの中でも、たまに検札していて、近くに座っていた人が罰金を払っていた。昔、コペンハーゲンに出張した時、検札の仕事をしている人に聞いたら観光客は見逃すと言っていたが、今はそういうことはないらしい。トラムの乗車回数では、フィンランドのヘルシンキの方がはるかに多いが、そこでは一度も検札に会ったことが無かった。さすがに世界一正直な都市と言われるだけある。
  そんなこんなしながらも、リヒテンシュタイン侯爵の「夏の離宮」にたどり着いた。写真で見た宮殿がフェンス越しに見える。ホテルのコンシェルジェに聞いたら知らなかった。ウィーンにはとっても沢山の美術館があるけれど、知らないものもあるのだそうだ。先日Google Mapを見たら、そのホテルは閉鎖されていた。当時のトラムの路線は廃止され、ちょっと離れたところに地下鉄が開通していた。話が脱線したが、期待に胸を膨らませて、立派な門を入ると広い前庭がある。それにしても誰もいない。いくら冬とはいえ変だと思っていたら、冬季は休館という表示があった。リクルートの旅行ガイドのWebサイトでは、水・木曜日が休館で、それ以外の開館時間は、10時から17時になっていたのに。。。 後で東欧系の年配の夫婦が来たが、やはりがっかりしていた。最近、美術館直営のWebサイトを見たら二週間前までに要予約になっていた。
  中には入れなかったものの、さすがはリヒテンシュタイン家、建物の周り、塀にも彫刻類が置かれている。壁の作りからして重厚なデザインだ。それらの美術品を見ながら、裏庭に回ったら、小さな子どもを連れた人たちが散歩していた。夏は美しい緑と花に囲まれる庭園宮殿と呼ばれる場所なので、近所の人たちにとって、散歩には恰好の場所だろう。今は踏み固められた雪の上に小さな雪ダルマがあるばかりだ。そういえばツタが絡まる塀の前の白い彫像も、夏なら緑に映えて美しかろう。今度は夏に来よう。
  ところで、乗物に乗るときは、建物と地図を見比べて、方向を確認するのだが、違う路線で、また間違えて反対方向に行ってしまった。一人旅の時は、こういう目に遭いやすい。今度は途中で降りて、戻るトラムを待っていたのだが、風が吹いて猛烈に寒かった。路上を寒さで白く凍ったダイヤモンドダストが吹き抜けていく。柱に隠れて風をよけていたら、トラムに気づくのが遅れ、一台見送ってしまった。再び15分待ち。人生で最も寒い思いをした。 (Mar. 19, 2018)